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いちばん美しく見えるまで、手を入れる

 

 

お直しのご依頼をいただくと、

どこかに不具合があったのかな…と、少しだけ「ドキッ」とする。

 

けれど同時に、戻ってきた石たちともう一度ご対面できることが、どこか楽しみでもある。

 

先日、サイズのお直しが戻ってきた。

そっと箱を開けると、そこには桜瑪瑙。

 

思わず声が漏れる。

「うぁ…この石、すごく綺麗。」

 

やわらかな光を含んだその表情は、前に送り出したときよりも、どこか落ち着いて見える。

そして同時に、こんなにも美しく組めていたんだなと、自分でも少し驚く。

 

しばらくのあいだ、ただ眺める。

手に取って、光の角度を変えてみたり、静かに見つめたり。

嬉しさと、ときめきがゆっくりと広がっていく。

 

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気づけば私は、無意識に「あぁ、これ好き」と感じた石を手に取っている。

 

そのままブレスレットに仕立てることもあれば、ワイヤーで包むこともある。

けれど、どんな形にするかは最初から決めているわけではなく、

その石がいちばん美しく見える完成形を思い描きながら組んでいる。

 

石の並びや、組み合わせる石たちがしっくりくるとき、

まるで石たちが「ここだよ」と教えてくれているように、自然と手が進む。

 

最初から完成を目指して組んでいる。

 

けれど、仕上がったあとにもう一度見直す。

 

ほんのわずかな違和感や、

あと少しだけ整えられる余白が見えてくることがあるから。

 

そのままにせず、もう一度手を入れる。

 

結果として、組み直すのは最低でも三回。

 

手が遅いわけではなくて、

より自然に、より美しく在る形に近づけていくため。

 

石の並びや、間の取り方、全体の流れ。

わずかな差で、見え方がまったく変わってしまう。

 

だから、納得がいくまで何度でも整えていく。

 

その石たちが、いちばん自然に、

いちばん美しく見える形になるまで。

 

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世の中には、手に取りやすくて素敵な石もたくさんある。

 

それでもやっぱり、目がいってしまうのは、

どこか強く惹きつけてくる石たち。

 

特に、中心になる石にはどうしてもこだわってしまう。

むしろ、かなり強くこだわりたい。

 

原石から削り出しをお願いするときは、

楽しさと同時に、少しの緊張も混ざる。

 

中に大きな石目があったらどうしよう。

どんな表情が出てくるんだろう。

 

そんなことを考えながら待つ時間は、

まるで結果の見えない賭けのようで、

気づけばアドレナリンが出ているのがわかる。

 

枠のオーダーも同じで、

気がつけば石よりも高くなってしまうこともある。

 

それでも「この石がいちばん美しく見える形にしてほしい」とお願いする。

 

透明感のある石に穴を開けると、

どうしてもその部分が白く曇って見えてしまうことがある。

 

だから、穴の内部まで丁寧に研磨してもらう。

 

外からは見えにくいところかもしれないけれど、

そういう細部こそが、全体の印象を大きく左右するから。

 

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毎回の仕入れは、気づけば予算を超えていて、

「またやってしまったな」と思うこともしかない。

 

それでも、妥協はしたくない。

 

石にとっていちばん似合う形。

いちばん美しく見える枠。

いちばん自然に光が通る仕上げ。

 

そこに辿り着くためなら、何度でも考えて、何度でも整えていく。

 

きっとこれは、効率の良いやり方ではない。

 

けれど、石たちがいちばん輝く形を探していく時間そのものが、

自分にとっての喜びで、好きなことなんだろうなと思う。

 

だから今日もまた、

手の中の石を眺めながら、

 

「どうしたら、もっと綺麗に見えるかな」と静かに向き合っている。